豊来家玉之助の気の向くままに。

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本日22日17時より4回目の放送です

すっかり暖かくなりました。桜も主だった所は散り始め、鮮やかな緑色の葉っぱを見せ始めています。今年もお花見には行けずじまいでしたが、道すがら並木道で目を和ませてくれる桜の木に季節の移り変わりを感じながら、春眠にあくびをこらえつつ、切羽詰った仕事から一時逃避している今日この頃です。

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それはさておき、本日も夕方17時より「豊来家玉乃介の奈良今昔見聞録」が、ならどっとFM78.4にて夕方17時より放送されます。4月1日から始まった番組も今回は4回目。

4回目では、1回目から引き続き番組のテーマとなる「古事記」についてのお話と、その編纂に関わった人たちについてのお話をお送りいたします。
これまでの放送では「稗田阿礼」「太安万侶」「元明天皇」この三人にスポットを当てて、簡単にお話をしてきました。4回目でも特に「元明天皇」について少し掘り下げた内容をトークしています。

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○本日の放送内容について、大雑把にご紹介すると。


「古事記」を編纂するように太安万侶に命じた「元明天皇」という方は、女性の天皇だとされています。
奈良にお住まいの方でしたら、元明天皇陵(奈保山東陵)でお馴染みではないでしょうか。



旦那さんの草壁皇子が亡くなり、直後に息子まで病に伏してしまう。
息子さんは、元明天皇の先代にあたる「文武天皇」でした。文武天皇は15歳で即位し、25歳という若さで死去しています。その文武天皇の息子、元明天皇にとって孫にあたる後の聖武天皇がまだ幼かったため、元明天皇はやむなく亡くなった息子に代わって天皇の座についたという事情があったとされています。

ここで少し整理します。
稗田阿礼という「語り部」に「古事記」の一部になる「天皇の系譜」「各地の古い伝承」をまとめ、正しく覚え伝えるように命じたのが、天武天皇とされています。しかしその後、国内の諸事情があって、稗田阿礼が覚えた事柄が一冊の本にまとめられるには、しばらく時間を経ることになりました。
その天武天皇の奥さんが、持統天皇です。この方も女性天皇で、後の元明天皇は従姉妹(修正しました)にあたります。旦那さんが亡くなられた後、しばらくして即位したとされています。
そして持統天皇の後に即位したのが、持統天皇の孫にあたる文武天皇。そして文武天皇のお母さんが、元明天皇というわけです。

ホンマややこしいですね。自分でも書いてて混乱します。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の画像を参照します。図で見れば少しは分かりやすいと思います。
もう一度、簡単に順番をおさらいします。

(即位673年)天武天皇⇒持統天皇⇒文武天皇⇒(即位707年)元明天皇

28歳で天武天皇に仕え、仕事を命じられたとされる語り部、稗田阿礼は元明天皇の代、太安万侶と共に「古事記」編纂事業に関わるころには60歳代のご年配です。(稗田阿礼は男性だったのか女性だったのか、その性別や出自には諸説あり、はっきり確定する事ができないのですが、番組内では女性であったのではないかという「推測」に基づいて取り扱っています)

「古事記」の完成には、きっかけからこれだけの時間が必要でした。


当時の日本は、いわゆる国家としての体を未だ確立できておらず、内政は政権争いなどで荒れ、地方自治体(というか国同士)の内戦も絶えなかったと言います。

普段は考えもしませんが、例え話で考えて見てください。

現代でこそ日本列島津々浦々、国内は一つにまとまっています。地方に住んでいても、まず東京に政治の中枢があり、各地の都道府県、市町村などが連なって、その政治の元で、僕らは普段暮らしています。日本全国何処に行っても、まず言葉は通じるし、お金も同じ価値で使うことができます。県境を越えるのにもパスポートは要りません。地方自治体の風土・産業・文化・財政などに差はあれども、領土争いや、利益の奪い合いから起こる内戦もありません。

当時は、それらが確立していない時代でした。

○例えば、産業や土地などが豊かな県と、そうでない県があったとして、それらが領土や資産、権力の奪い合いを繰り返し、争いが絶えなかったら?

現代の日本では、僕らは「武器」を持つ機会がありません。普通ならばどう考えてもありません。しかしもし、県境をはさんで隣の土地の人たちと敵対関係にあって、話し合いや投票という共通のシステムがなく、武器を手に戦う事で物事の是非をつけざるを得ない状況だとしたら?

○国内にまだ共通の「文字」が存在せず、語り継がれる「伝承」が各地方ごとに違っていたら?

そういう混乱している時代ですから、国内を安定させる為に当時の首都、「藤原京」や遷都後の「平城京」において、中央の政治に求められる責務はとても急を要し、なおかつ最重要だった筈です。そのトップである元明天皇という女性に課せられた責任は、想像もつかないほど大きい物だったと思います。そんな中で、彼女は「古事記」を編纂するという「国家事業」を成すに至ります。そこには、色んな意味があった筈です。

でもまあ、政治家である前に、一人の人間、女性であり、母であり、お祖母ちゃんでもあった訳ですから、そこには葛藤も悩みも、幸せだってきっとあったと想像されるわけです。
程度は別にして、現代の女性像とどこか重なる点もあるのではないでしょうか。自立した働く女性として、または家庭の母として、いくつもの義務と責任の元、たくましく生きる現代の女性にも、頭が下がる想いです。やっぱ昔から女性は強くたくましかったんでしょうね。

なので、難しい話はおいといて、番組ではあくまでも「古事記」から着想される想像、「ドラマ」に焦点を当てて、あくまでもフィクションとして、「ある一つの物の見方」からお話をしています。
より詳しいちゃんとした事は、やはり専門的な話になりますし、色んな観点からの異なる解釈や研究がありますから。素人が適当に扱えるものではありませんし、それはすべきではないと考えます。(ていうかそんな難しい事はとてもできません)

ただ、この番組を通じて奈良の歴史、古代の日本への興味を持つきっかけをお届けできれば、というのが、この番組が始まった理由の一つです。

僕なんかも、この番組に関わらせていただく中で、ほとんど何も知らない状態からあれこれ勉強しているクチなのですが、これまで知らなかった事が多く、途方もなく奥深く、想像をかきたててくれるのが結構面白いです。

番組内で5月から放送予定の1話約15分のラジオドラマ「阿礼の背中」では、「古事記」を題材に<現代・奈良時代・神話の時代>と3つの時代を飛び越えて、脚本を担当される、やすぎひろこさんの独創から描かれています。
4月の放送では、そのドラマをお送りする前に、ちょっとした予習を気楽なトークを交えてご紹介しているという訳です。


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来週の5回目放送では、ドラマの脚本・演出を担当されたやすぎひろこさん、そして役者として出演される太安万侶役の藤原浩太郎さんをゲストとしてお招きして、お話を伺います。
是非、本日の放送に引き続きお聴きくださいませ。



ままま様運営サイト とんでもとらべる
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
参考に文中からリンクさせていただきました。

  1. 2007/04/22(日) 12:08:37|
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Author:豊来家玉之助
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メインパーソナリティ
太神楽の曲芸師:豊来家玉之助
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パーソナリティ&ディレクター:
水守祥吾
⇒みずもさんの徒然言事


ならどっとFM78.4MHzにて毎週日曜日夕方17時から放送中でおなじみの番組「豊来家玉之助の気の向くままに。」オフィシャルブログ。インターネットラジオ「ブログばーん!!」も毎週絶賛配信中。 再放送は毎週水曜20:00〜

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